現在のボートレーサーを見ると、ナイロン系のシャカシャカしたレーシングパンツを着用している選手が多く、機能性重視のスタイルが定着しています。
しかし1990年代後半ごろまでは、現在とは少し違う独特な雰囲気のウェア文化が存在していました。
特に、選手会や奥様会が製作していたオリジナルのジャンバーやズボンは、今見ると“サウナスーツっぽい”“ビニール感がある”と感じるような質感のものも多く、当時を知るファンの記憶に残っています。
この記事では、当時の競艇選手の装備事情や、なぜあのようなウェアが選ばれていたのか、そして若手選手たちがどんな感覚で着用していたのかを時代背景とともに整理していきます。
ボートレーサーの下半身装備は安全性が最優先
まず前提として、競艇選手の装備はファッションより安全性が最優先です。
レース中は高速で水面を走行するため、転覆時には強い衝撃や摩擦が発生します。
一般的には、
- 下着
- インナー
- ケブラー系保護素材
- レーシングパンツ
といった形で重ねて着用するケースが多く、耐久性や防護性能が重視されています。
特にケブラー素材は、防刃・耐摩耗性に優れており、ボートレースでも重要な保護素材として扱われています。
90年代の“テカテカウェア文化”とは何だったのか
1990年代の競艇界では、現在ほどメーカー統一感のあるレーシングウェアではなく、選手ごとの個性や私物感が比較的強い時代がありました。
その中で、選手の奥様会などが製作・販売していたオリジナルウェアが存在していました。
当時の写真を見ると、
- 黒一色
- 光沢感が強い
- 薄いエナメル風素材
- シャカシャカ感のある生地
といった特徴があり、現代感覚では「サウナスーツみたい」と感じる人も少なくありません。
しかし当時は、あの質感自体が“スポーティーでかっこいい”という感覚もありました。
90年代はバイク・レーシング・ストリートファッションでも光沢ナイロンやエナメル調素材が流行していた時代でもあります。
山崎智也選手や天野晶夫選手の時代背景
90年代後半は、現在のスター選手たちが若手として頭角を現してきた時代でした。
山崎智也選手や天野晶夫選手の若い頃の映像を見ると、現在とはかなり違う装備や雰囲気を感じます。
特に黒系のシンプルなズボンは、今の派手なカラーリングと比べると非常に無骨です。
ただ、当時は今ほどウェアの選択肢も多くなく、
「実用品として着ている」感覚が強かった
とも考えられます。
現在のようにSNS時代ではなかったため、“見られるファッション”より、“現場で使う装備”という意識が強かったのでしょう。
なぜ黒一色や安っぽく見える素材だったのか
当時の素材感が“安っぽく”見える理由には、いくつかあります。
素材技術が現在ほど進んでいなかった
現在は軽量・透湿・防水・伸縮素材が発達していますが、90年代はまだナイロンやPVC系素材が中心でした。
そのため、どうしてもテカテカした見た目になりやすかったのです。
耐水性重視だった
ボートレースは常に水しぶきを浴びます。
そのため、防水性・速乾性を優先すると、ビニールっぽい素材が選ばれやすくなります。
コスト面も大きい
オリジナル製作ウェアは、大量生産ブランド品ではありません。
限られた予算で作るため、比較的安価で丈夫な素材が使われることもありました。
選手本人たちはどう感じていたのか
これは本人にしか分からない部分ですが、当時の若手選手は「ダサい」と強く感じていたというより、
“これが競艇界の普通”
という感覚だった可能性が高いです。
スポーツの世界では、外見よりも結果が重視されます。
特に競艇選手は、水面・モーター・減量・スタート感覚など、気にする要素が非常に多いため、ズボンのデザインをそこまで重要視していなかったとも考えられます。
また、同期や先輩も同じような格好をしていたため、違和感自体が少なかったのでしょう。
現在のボートレースウェアが洗練された理由
現在のレーサーウェアは、かなり現代的になっています。
理由としては、
- 素材技術の進化
- スポンサー文化の変化
- 映像配信時代への対応
- スポーツブランド化
などがあります。
特にボートレースは近年、若年層向けプロモーションや映像演出に力を入れているため、見た目のスタイリッシュさも重要視されるようになりました。
その結果、90年代特有の“テカテカ感”は徐々に姿を消していったのです。
まとめ
90年代後半の競艇選手が履いていた黒い光沢ズボンは、現在の感覚だと「サウナスーツみたい」と感じる人もいるかもしれません。
しかし当時は、防水性・実用性・時代の流行が混ざり合った、競艇界独特の文化でもありました。
山崎智也選手や天野晶夫選手ら若手スターも、その空気の中で自然に着用していたと考えられます。
今の洗練されたレーシングウェアと比べると時代を感じますが、逆に言えば、あの無骨さこそ90年代競艇の魅力だったとも言えるでしょう。


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